2025.06.15

タクトピア誕生の
ストーリー

迷いと問いの先に見えた、教育へのあらたな挑戦

「タクトピアってどうして生まれたの?」 そんな質問を受けることが増えてきました。今回は、創業者たちの原体験と、ハバタク〜タクトピア誕生に至るまでのエピソードをお届けします。 スタートは「夢」や「ビジョン」ではなく、「やるせなさ」や「問い」から。未来が見えなかったあのとき、どんな気づきが生まれ、なぜ教育という領域にたどり着いたのか。その過程には、今のタクトピアの価値観すべての原点があります。

column
  • man

    長井 悠

    Yu Nagai

    共同創業者・代表取締役
    ラーニングデザイナー

「静かな絶望」からはじまった

  • 長井

    2007年、創業メンバーの一人である僕は、東大大学院からIBM(当時はIBCS)に新卒で入社し、コンサルタントとしてのキャリアをスタートさせました。

    順調にキャリアを積んでいたはずの僕が「起業」を決意する転機となったのが、2008年のリーマン・ショックです。

    この金融危機は、瞬く間に日本市場にも波及し、IBCSで動いていた数々のプロジェクトが緊急停止。全体の7〜8割の若手コンサルタントが“available”(プロジェクトにアサインされていない=社内失業状態)になるという異常事態が起きました。

    オフィスには席が足りず、うつろな目で空席を求めてさまよう社員たち──。 その光景は、まるでゾンビ映画のようでした。

    「誰もしゃべらない。誰も動かない。
    優秀なはずの人たちが、自分で何とかしようともしていない。
    このまま沈んでいくのかと思うと、ただただやるせなかった。」

    このときに感じた、「自分は何者でもないのではないか」という静かな恐怖と、現実に対する無力感が、最初の違和感として芽生えました。

「UNO」からの出発

  • 長井

    その後、僕は同期の丑田・小原とともに、IBM社内で夜な夜な集まるようになります。会議室でひっそりと始まったこの活動には、“UNO(ウーノ)”という名前がつけられました。

    イタリア語で「1」を意味し、後から気づけば、Ushida・Nagai・Oharaの頭文字にも。ネーミング運の強さがすでに垣間見えていました。

    当時はまだ「何かを始める」と明確に決まっていたわけではありません。ただ、「自分たちにできることを探したい」という焦燥感がありました。スライド一枚のビジネスアイデアを毎週持ち寄っては議論を重ねる日々。その中には、若手デザイナーと中小企業をマッチングする「Design Tank」など、後に起業サービスとして成立しそうなものも含まれていました。

    でも、なぜかしっくりこない。

    「それって、本当に自分たちがやりたいことなの?」
    「何を変えたいんだっけ?」

    アイデアはあっても、パッションがない。目的がない。
    それが、3人を再び“問い”へと引き戻しました。

「これって、教育ってことなんじゃない?」

  • 長井

    焦燥と探究のなかで、ついに3人はある問いにたどり着きます。
    「働き方が変わるのも大事だけど、それ以前に、働く“前”の段階で必要な力を育てるほうが根本的なんじゃないか?」

    きっかけは、僕と丑田に子どもが生まれるというタイミングでした。
    「じゃあ、これからの時代に必要な力って、誰が、どこで育てるの?」
    「それを支えるのって…“教育”じゃないか?」

    そうして、UNOのフォーカスは大人の働き方から「次世代の学び」へと一気に振り切れていきました。

“Have a Takt”(ハバタク)──名前がすべてをつなげた

  • 長井

    2010年、ついに経営合宿を決行。場所は草津温泉。模造紙やポストイットを満載した車で移動する中、「行きの車で社名を決めよう」という急ピッチのブレストが始まりました。

    最初に出てきたのは「トリニーク(TRINIK)」という案でしたが、「鶏肉みたい」というツッコミで即却下。

    最終的にたどり着いたのが、
    “Have a Takt(指揮棒を持とう)”
    という言葉でした。

    そこから誕生したのが──ハバタク(HAVE A TAKT)。

    クラシック音楽好きの僕が思いついた「Takt=タクト(指揮棒)」という言葉と、「羽ばたく=世界に飛び立とう」というダブルミーニングが重なり、メンバー全員が「これしかない!」と確信した瞬間でした。

フォーカスされていった「グローカル」というテーマ

  • 長井

    数多くの教育プロジェクトに関わる中で、僕の中に、あるビジョンが少しずつ輪郭を帯びていきます。

    「世界中で通用する視野やスキルも大事。でも同時に、“自分らしさ”や“自分の意見”も大切にしてほしい。」

    それは、「グローカル(Glocal)」という考え方。
    グローバルな知性やスキルと、ローカルな価値観や想い──この両方を併せ持つリーダーを育てたい、という想いがはっきりと定まっていったのです。

    世界とつながる力と、自分の中から湧き出る声。
    そのどちらか一方ではなく、両立すること。
    それこそが、これからの時代に必要なリーダーシップの在り方なのではないか。僕はそう思いました。

タクトピアの誕生

  • 長井

    そうしたフォーカスを経て、新たなフェーズが求められるようになりました。
    教育を“届ける”だけでなく、“ともにつくる”ことへ。
    仕組みそのものをデザインしていくフェーズへ。

    そして、「人生の指揮棒(TAKT)」を持った人々が、共に理想郷(UTOPIA)を目指すという意味を込めて、TAKTOPIA(タクトピア)という新たな名のもとに、ハバタクからスピンアウトするかたちで誕生しました。

いまも、問いから始まっている

  • 長井

    私たちの原点は、「問い」でした。
    そして、いまもなお、「問い」を育てる教育に取り組んでいます。

    自分はなぜここにいるのか。
    なにを変えたいのか。
    何者でありたいのか。

    これからの社会をつくる若者たちが、自分の指揮棒を持って世界に羽ばたいていけるように──。

    僕たちは、これからも“問い”とともに、歩んでいきます。